
昔から人々は、诞生・成年・婚姻・葬送の4つを人生の大きな节目として盛大に仪式を取り行ったが、わが国では一生に関する仪式を「冠婚葬祭」とわけた。
人生仪礼と冠婚葬祭
「冠」は元服の式で今の成人式に当たる。
「婚」は婚礼、「葬」は葬式である。
「祭」は先祖の供养である魂祭りを指している。
そしてこの4つの仪礼の间にも、成育过程や、成人後の年齢を重ねるに応じて种々の祝行事を催してきた。そこには人生に対する深い配虑が感じられる。
まず诞生に関する仪式がある。诞生に関する行事や习俗は、全国各地にさまざまな形で伝承されている。现在と违って、かつて出産は母子にとって命がけの出来事であったため、数多くの仪式を行って危机の时期に备えたのである。妊妇は出産の时期が近づくと、调度や装束を白色のものに替えて出産を迎え、出産してから七夜を迎えるまでそのままであった。そして8日目に色直しとして色物を着た。诞生のあと新生児に初めて乳を含ませる「乳付けの仪」「浴汤の仪」、また诞生当日から三、五、七、九夜に催される産养(うぶやしない)、「命名の仪」など多くの仪式が行われた。七五三の祝いは室町时代から始められた祝いで、江戸时代になって现在のような形が作られた。「髪置き」「袴着」「帯解き」などといった祝いごとが、その基础になった。
大人の仲间入りをするためには、试练と呼ぶにふさわしい训练期间が设けられ、こうした试练をクリアすることによって新しく仲间入りすることが许された。人生のなかで通过しなければならない试练を人类学では「通过仪礼」とよんでおり、世界中にそうした仪礼が数多く残されている。通过仪礼は特定の场所に一时的な施设を作り、日常の空间から隔离された状态で行うことが必要な条件となる。そしてそれに参加する者は、仪式のなかでこれまでの在り方を死という形で打ち消し、异なった状态を経て新しい役割を帯びた者として诞生するという剧的形式を取ることが多い。こうした人生仪礼を行うことによって、本人はもとよりまわりの人々にも彼の共同体の中での新しい役割を担い、また新しい秩序の中に顺応させる力をもつことが出来た。
このような、かっての村の共同体のなかで行われた人生仪礼は、明治以後は学校教育が引き受けるようになり、これまでの人生仪礼は、七五三や成人式などにわずかに残っているだけである。昔の人生仪礼は、村の生活と密接な関系をもって行われたが、现在では形骸化してしまったものもある。结婚し子どもが生まれ、社会人として活跃する年代には、厄年というのがを人生の节目となっている程度で、特に人生仪礼といったものは行われない。平安朝には、「四十の贺」「五十の贺」などといった「算贺」の祝いがあったが、现在では「还暦」といっても当然であるというほど人々の寿命が伸び、「古稀」「喜寿」「米寿」の年代を迎えることも珍しくなくなった。かっては、还暦になると家督を长男に譲って隠居するのが建前であったが、现在では退职後も働くことを希望し、それを実践することが普通の状态となり、高齢者独自の文化といったものがなくなってしまった。
以前は、隠居すると、神社の氏子として奉仕するのが老人の役割であった。こうして年寄りは信仰の生活に入ることができた。このように人生仪礼が日本人の一生のサイクルと调和した形で行われていたのである。しかしながらそうした伝统が失われつつある现在、新しい时代にふさわしい人生仪礼の提案することがますます必要になってきているのである。
中译

从古到今人们在出生・成年・婚姻・葬礼4大人生节目来临时都会举行盛大的仪式。在我国把这四项涵盖一生的仪式称为“冠婚葬祭”。
人生礼仪与冠婚葬祭
「冠」在古代代表戴冠仪式演变为现在的成人仪式。
「婚」即是婚礼,「葬」即是葬礼。
「祭」则指的是供养祖先的拜祭仪式。
且在这4大人生仪式当中,少年时代及成年后到了一定的年龄也会有相应各种各样的仪式。从这些仪式中我们能感觉到人类对人生的深切忧虑。
首先是与出生有关的仪式。在全国各地有流传着各式各样与婴儿出生相关的仪式或习俗。与现代不同的是,在古代生产对母子而言都是性命攸关的事情。所以会进行很多仪式来预备着危险时刻的到来。临近预产期时孕妇的日常用品及服装都要换成白色来迎接生产。这样的装束要保持到诞下孩子后第七天的夜里。到了第8天则要换上鲜艳的衣物。孩子出生后有第一次吃奶的“出乳仪式”“洗礼式”。从出生之日起到第3、5、7、9天夜里有“产养仪式”“命名仪式”等多种仪式。七五三典礼是从室町时代兴起的庆典,从江戸时代开始演变成了今天的形式。「总角」「着裙」「解带」等仪式是七五三典礼形成的基础。
为了加入成人的行列就必须参加被称为“试练”的特训时期。只有通过试练才被成人世界所承认。在人生中必须通过的试练在人类学上称为“通过仪式”。世界上许多角落还保存着这种古老的仪式。进行通过仪式要在特定的场所建造临时性的住所内,必须让受训者处于与日常生活空间隔离的环境下。而且在许多国家都表现为通过一个戏剧化的仪式,来展示受训者必须以死亡的形式彻底把自己从原来的生活方式中脱离出来,通过经历一个全新的状态来“诞生”一个开始担负责任的新人过程。在这样的人生仪式后,受训者本人及周围的人都在他所在的共同体中担负起了全新的责任,同时也具备了维护这个全新秩序的能力。 这种曾经在村落共同体中举行的人生仪式在明治以后演变成了入学校受教育。到了现代保留下来的人生仪式到现在只保留下来七五三及成人仪式。从前的人生仪式与村落生活密切相关,到了现在已经成为了一种形式。在这个按着成家立业然后成为活跃在这个社会上的一分子的时代,所谓的灾年也成了平淡人生的一个节日。现代人已经不会特别注重什么人生仪式。在平安朝时代,有「四十大寿」「五十大寿」等「算寿],现在只有「还历」(61岁),因为人的寿命比以前增加了不少。迎来「古稀」「喜寿」「米寿」也不算什么稀奇的事情。以前还历就意味着要将家长的位置让给长男而开始安享晚年,而现在退休后也希望能继续工作,更有许多老人实践了这样的理想,形成了独特的高龄文化。
从前老人安享晚年后,有很大一部分都去了神社出家。从而融入了信仰的生活。这种人生礼仪与和谐地融入了日本人的整个人生过程。但现在这样的传统已日渐式微,我们必须寻找符合当今时代精神的新一代人生礼仪。
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