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舞姫

来源: 作者:互联网 时间:2008-03-05 点击:
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舞姫

森鴎外

石炭をば や积み果てつ。中等室の つくゑ のほとりはいと静にて、 炽热灯 しねつとう の光の晴れがましきも いたづら なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ来る 骨牌 カルタ 仲间も「ホテル」に宿りて、舟に残れるは余 一人 ひとり のみなれば。
  五年前 いつとせまへ の事なりしが、 平生 ひごろ の望足りて、洋行の官命を かうむ り、このセイゴンの港まで し顷は、目に见るもの、耳に闻くもの、一つとして あらた ならぬはなく、笔に任せて书き しる しつる纪行文日ごとに几千言をかなしけむ、当时の新闻に载せられて、世の人にもてはやされしかど、 今日 けふ になりておもへば、 をさな き思想、身の ほど 知らぬ放言、さらぬも 寻常 よのつね の动植金石、さては风俗などをさへ珍しげにしるしゝを、心ある人はいかにか见けむ。こたびは途に上りしとき、 日记 にき ものせむとて买ひし 册子 さつし もまだ白纸のまゝなるは、 独逸 ドイツ にて物学びせし に、一种の「ニル、アドミラリイ」の気象をや养ひ得たりけむ、あらず、これには别に故あり。
  げに ひんがし かへ る今の我は、西に航せし昔の我ならず、学问こそ なほ 心に饱き足らぬところも多かれ、浮世のうきふしをも知りたり、人の心の頼みがたきは言ふも更なり、われとわが心さへ変り易きをも悟り得たり。きのふの是はけふの非なるわが瞬间の感触を、笔に写して たれ にか见せむ。これや日记の成らぬ縁故なる、あらず、これには别に故あり。
  呜呼 あゝ 、ブリンヂイシイの港を でゝより、早や 二十日 はつか あまりを経ぬ。世の常ならば 生面 せいめん の客にさへ まじはり を结びて、旅の忧さを慰めあふが航海の ならひ なるに、 微恙 びやう にことよせて へや うち にのみ こも りて、同行の人々にも物言ふことの少きは、人知らぬ恨に かしら のみ悩ましたればなり。 この 恨は初め一抹の云の如く わが 心を かす めて、 瑞西 スヰス の山色をも见せず、 伊太利 イタリア の古蹟にも心を留めさせず、中顷は世を いと ひ、身をはかなみて、 はらわた 日ごとに九廻すともいふべき惨痛をわれに负はせ、今は心の奥に凝り固まりて、一点の かげ とのみなりたれど、 ふみ 読むごとに、物见るごとに、镜に映る影、声に応ずる响の如く、限なき懐旧の情を唤び起して、 几度 いくたび となく我心を苦む。呜呼、いかにしてか此恨を せう せむ。 ほか の恨なりせば、诗に咏じ歌によめる後は 心地 こゝち すが/\しくもなりなむ。これのみは余りに深く我心に りつけられたればさはあらじと思へど、今宵はあたりに人も无し、 房奴 ばうど の来て电気线の键を ひね るには犹程もあるべければ、いで、その概略を文に缀りて见む。
  余は幼き ころ より厳しき庭の をしへ を受けし 甲斐 かひ に、父をば早く うしな ひつれど、学问の すさ み衰ふることなく、旧藩の学馆にありし日も、东京に出でゝ 予备黉 よびくわう に通ひしときも、大学法学部に入りし後も、太田 豊太郎 とよたらう といふ名はいつも一级の はじめ にしるされたりしに、 一人子 ひとりご の我を力になして世を渡る母の心は慰みけらし。十九の歳には学士の称を受けて、大学の立ちてよりその顷までにまたなき名誉なりと人にも言はれ、 なにがし 省に出仕して、故郷なる母を都に呼び迎へ、楽しき年を送ること三とせばかり、官长の覚え こと なりしかば、洋行して一课の事务を取り调べよとの命を受け、我名を成さむも、我家を兴さむも、今ぞとおもふ心の勇み立ちて、五十を えし母に别るゝをもさまで悲しとは思はず、 遥々 はる/″\ と家を离れてベルリンの都に来ぬ。
  余は 模糊 もこ たる功名の念と、検束に惯れたる勉强力とを持ちて、 たちま ちこの 欧罗巴 ヨオロツパ の新大都の中央に立てり。 何等 なんら の光彩ぞ、我目を射むとするは。何等の色沢ぞ、我心を迷はさむとするは。菩提树下と訳するときは、幽静なる さかひ なるべく思はるれど、この大道 かみ の如きウンテル、デン、リンデンに来て両辺なる石だゝみの人道を行く 队々 くみ/″\ の士女を见よ。胸张り肩 そび えたる士官の、まだ 维廉 ヰルヘルム 一世の街に临める ※(「窗/心」、第3水准1-89-54) まど り玉ふ顷なりければ、様々の色に饰り成したる礼装をなしたる、 かほよ 少女 をとめ 巴里 パリー まねびの よそほひ したる、彼も此も目を惊かさぬはなきに、车道の 土沥青 チヤン の上を音もせで走るいろ/\の马车、云に耸ゆる楼阁の少しとぎれたる ところ には、晴れたる空に夕立の音を闻かせて みなぎ り落つる 喷井 ふきゐ の水、远く望めばブランデンブルク门を隔てゝ緑树枝をさし はしたる中より、半天に浮び出でたる凯旋塔の神女の像、この 许多 あまた の景物 目睫 もくせふ の间に あつ まりたれば、始めてこゝに しものゝ応接に いとま なきも うべ なり。されど我胸には たと ひいかなる境に游びても、あだなる美観に心をば动さじの誓ありて、つねに我を袭ふ外物を さへぎ り留めたりき。
  余が 铃索 すゞなは を引き鸣らして えつ を通じ、おほやけの绍介状を出だして东来の意を告げし 普鲁西 プロシヤ の官员は、皆快く余を迎へ、公使馆よりの手つゞきだに事なく済みたらましかば、何事にもあれ、教へもし伝へもせむと约しき。喜ばしきは、わが 故里 ふるさと にて、独逸、 仏兰西 フランス の语を学びしことなり。彼等は始めて余を见しとき、いづくにていつの间にかくは学び得つると问はぬことなかりき。
  さて官事の いとま あるごとに、かねておほやけの许をば得たりければ、ところの大学に入りて政治学を修めむと、名を 簿册 ぼさつ に记させつ。
  ひと月ふた月と过す程に、おほやけの打合せも済みて、取调も次第に はかど り行けば、急ぐことをば报告书に作りて送り、さらぬをば写し留めて、つひには 几巻 いくまき をかなしけむ。大学のかたにては、穉き心に思ひ计りしが如く、政治家になるべき特科のあるべうもあらず、此か彼かと心迷ひながらも、二三の法家の 讲筵 かうえん つらな ることにおもひ定めて、谢金を収め、往きて聴きつ。
  かくて 三年 みとせ ばかりは梦の如くにたちしが、时来れば包みても包みがたきは人の好尚なるらむ、余は父の遗言を守り、母の教に従ひ、人の神童なりなど むるが嬉しさに怠らず学びし时より、官长の善き働き手を得たりと はげ ますが喜ばしさにたゆみなく勤めし时まで、たゞ所动的、器械的の人物になりて自ら悟らざりしが、今二十五歳になりて、既に久しくこの自由なる大学の风に当りたればにや、心の中なにとなく おだやか ならず、奥深く潜みたりしまことの我は、やうやう表にあらはれて、きのふまでの我ならぬ我を攻むるに似たり。余は我身の今の世に雄飞すべき政治家になるにも よろ しからず、また善く法典を そらん じて狱を断ずる法律家になるにもふさはしからざるを悟りたりと思ひぬ。
  余は ひそか に思ふやう、我母は余を きたる辞书となさんとし、我官长は余を活きたる法律となさんとやしけん。辞书たらむは犹ほ堪ふべけれど、法律たらんは忍ぶべからず。今までは 琐々 さゝ たる问题にも、极めて 丁宁 ていねい にいらへしつる余が、この顷より官长に寄する书には しき りに法制の细目に かゝづら ふべきにあらぬを论じて、一たび法の精神をだに得たらんには、纷々たる万事は破竹の如くなるべしなどゝ広言しつ。又大学にては法科の讲筵を 余所 よそ にして、歴史文学に心を寄せ、渐く しよ む境に入りぬ。
  官长はもと心のまゝに用ゐるべき器械をこそ作らんとしたりけめ。独立の思想を いだ きて、人なみならぬ おも もちしたる男をいかでか喜ぶべき。危きは余が当时の地位なりけり。されどこれのみにては、なほ我地位を くつが へすに足らざりけんを、 日比 ひごろ 伯林 ベルリン の留学生の うち にて、或る势力ある 一群 ひとむれ と余との间に、面白からぬ関系ありて、彼人々は余を 猜疑 さいぎ し、又 つひ に余を 谗诬 ざんぶ するに至りぬ。されどこれとても其故なくてやは。
  彼人々は余が とも 麦酒 ビイル の杯をも挙げず、球突きの キユウ をも取らぬを、かたくななる心と慾を制する力とに帰して、 かつ あざけ り且は ねた みたりけん。されどこは余を知らねばなり。呜呼、此故よしは、我身だに知らざりしを、 いか でか人に知らるべき。わが心はかの 合歓 ねむ といふ木の叶に似て、物 さや れば缩みて避けんとす。我心は処女に似たり。余が幼き顷より长者の教を守りて、 まなび の道をたどりしも、 つかへ の道をあゆみしも、皆な勇気ありて くしたるにあらず、耐忍勉强の力と见えしも、皆な自ら欺き、人をさへ欺きつるにて、人のたどらせたる道を、 一条 ひとすぢ にたどりしのみ。余所に心の乱れざりしは、外物を弃てゝ顾みぬ程の勇気ありしにあらず、 たゞ 外物に恐れて自らわが手足を缚せしのみ。故郷を立ちいづる前にも、我が有为の人物なることを疑はず、又我心の能く耐へんことをも深く信じたりき。呜呼、彼も一时。舟の横浜を离るるまでは、 天晴 あつぱれ 豪杰と思ひし身も、せきあへぬ涙に 手巾 しゆきん を濡らしつるを我れ なが ら怪しと思ひしが、これぞなか/\に我本性なりける。此心は生れながらにやありけん、又早く父を失ひて母の手に育てられしによりてや生じけん。
  かの 人々の嘲るはさることなり。されど嫉むはおろかならずや。この弱くふびんなる心を。
  赤く白く おもて を涂りて、 赫然 かくぜん たる色の衣を まと ひ、 珈琲店 カツフエエ に坐して客を をみな を见ては、往きてこれに就かん勇気なく、高き帽を戴き、眼镜に鼻を挟ませて、 普鲁西 プロシヤ にては贵族めきたる鼻音にて物言ふ「レエベマン」を见ては、往きてこれと游ばん勇気なし。此等の勇気なければ、彼活溌なる同郷の人々と交らんやうもなし。この交际の うと きがために、彼人々は唯余を嘲り、余を嫉むのみならで、又余を猜疑することゝなりぬ。これぞ余が 冤罪 ゑんざい を身に负ひて、暂时の间に无量の 艰难 かんなん けみ し尽す なかだち なりける。

 

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